六ヶ所&エネルギー情報 No.12

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No.12

菊川さんのお人柄に触れて
活動の本髄を感じました。

2010年2月6日(土)熊谷センターで「もっと知ろうよ 核燃サイクル」をテーマに、菊川慶子さんの講演会を開催しました。(参加者26名 当日は雪、家族が止めるのを振り切って参加した人も)
映画「六ヶ所村ラプソディー」を観た人はご存知のはず、菊川さんは地元青森県六ヶ所村で20年も反対運動を続けてきた、知る人ぞ知る"有名人"です。最近の現地の写真を見ながら、核のごみ捨て場として世界中から注目を浴びている六ヶ所村の話を聞きました。
小柄で、静かに淡々と語る菊川さんのどこに、そんな強さが潜んでいるのかと不思議にさえ感じます。そればかりか、ルバーブジャムを作って原燃に頼らない雇用をつくろうという頼もしさもあります。
「放射能汚染は今ないのですがあるとしても、そこの人はそれを食べています。ジャムを、放射能測定して売り出そうかと思っています。『安全なものを!』と言う人も"汚染があったとしてもちょっとだけ食べて"」と菊川さんに言われると、イヤとは言えなくなりました。

それでは、講演の一部を紹介します。

菊川さん

―反対運動 続けるのは大変―

核燃施設が来る前基幹産業は農・林・漁業でした。今は建設業中心、核関連の産業がほとんどになっています。′89年の総選挙では「凍結派」の候補者が当選、「核燃反対」が6割以上だったのが20年ですっかり変わってしまいました。
地元で反対し続けるのはとても難しい。何より、時間が長すぎました。50年前は村長中心に反対運動が盛んでした。「国策」で進められお金を積まれると、地権者はがんばりきれなくなります。25年前の漁師の必死の反対運動には、機動隊が出て、逮捕者まで出ました。漁ができないと生活が成り立たなくなります。反対運動をしている人の子を就職させないとか、様々な圧力妨害もあります。1年、2年ならがんばれる。でも、こんなに長いとどうしても気持ちは維持できなくなるものです。目の前にどんどん施設が建てられる。生活もある。原燃の社員はニコニコして、こまめに顔つなぎに来る。そのうち、まあ、いいかな、みたいな気になってしまいます。

でも「六ヶ所村ラプソディー」公開後、流れが変わりました。

当日の参加者の感想から
・直接お会いしてお話を聞くことの持つ力は大きい。
・お人柄に触れて活動していくことの本髄を感じ取れた。
・まず家族にそしてみんなに 六ヶ所のこと、核のことを伝えていきたい。
・菊川さんのルバーブジャム買います。

地元だけでなく、日本中のみんなが問題意識を持つことで、明るい未来に変えていきましょう。


2010年5月 持続可能な生産と消費委員会

(COMEONかもん2010年17週号掲載)